サクランボがひとつ

プランター栽培のサクランボの木にピンク色の小さな実がなった。花は幾つか咲いていたので、もっと取れる事を期待していたのだが、結局実になったのは一粒だけだった。茂った葉っぱの陰に隠れているいるサクランボを良く見ると、パンクしそうになって少し割れかけている。これは一大事と、早速収穫して口に含むと、思いのほか甘い香りが口の中に広がった。

昨日家内が小田急デパートでアメリカンチェリーを買ってきたが、これはいかにもアメリカらしく驚くほどサイズが大きくて、そのくせ味も決して悪くない。1パック600円と言っていたから一粒30円ぐらいはする計算だ。1ドル80円の円高の時代にしては、随分と高いサクランボである。こういうフルーツの値段を見ると、改めてフルーツ天国マレーシアに心を寄せる事になる。

我が家の自家製サクランボは小粒で、おまけに孤軍奮闘だったが、大和撫子のように優しく野性的だ。苗をプランターに植えてから3年、今年の一粒のサクランボは来年の大豊作を示唆する序曲に過ぎないのである。

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長芋の植え直し

日曜日は天気が良かったし、腰の調子も大分良くなってきたので、久し振りに畑に出掛けた。植え付けてから一ヶ月半にもなるというのに、一向に芽を出さない長芋が気になっていたのだが、相変わらず長芋の位置を示す目印の棒が乾いた土に8本、空しく立っているだけである。

世の中は634メートルの高さを誇る、東京スカイツリーの話題で賑わっているが、私の畑の長芋ときたら、ほんの僅か1センチ程の新芽さえも姿を見せてくれない。種イモに問題が有ったのか、それとも深く植え過ぎたかと、思案を重ねながら藤原定家のように花も紅葉もない区民農園を見渡すと、長芋名人である北島さんの畑が目に入った。

北島さんの畑には、直径7センチ程もある太い金属製のパイプが立っているので、遠くからでも一目瞭然である。このパイプを何本か使い中心の骨組みとし、そこに竹などの支柱をハの字型に組合わせ、その下方に長芋を植えるのが名人の常だ。近付いて良く見ると、エンドーなどと一緒に、もう既に2メートル程の長芋の弦が、支柱を伝ってすくすくと伸びている。

丁度そこに北島さんがやって来て、どうだね、と聞くから、私は自慢の筒寝かせ方式の長芋が一向に芽を出さない事を打ち明けた。北島さんは私の区画にやって来てしばらく長芋の聖地を眺めていたが、それじゃ一か所掘ってみようと言って、目印の辺りを手で堀り始めた。15センチ程掘リ進んでも、長芋の芽どころか種イモが見つからない。私の長芋の師匠は、ああ、これは深く植え過ぎだなと、簡潔かつ速やかに断定したのである。

更に、深さ20センチ程の所でようやく姿を現した種イモを一瞥して、これじゃ駄目だ、と呆れたように言う。種イモは細い先端付近に芽を付けるのだが、私の種イモは全身丸々と太って芽が出難い部分だったのである。ジャガイモじゃ無いんだから、と北島さんはダメを押すように言った。

北島さんは私を区民農園の奥の方に連れて行き、そこで既に芽を出している長芋を掘り起こし始めた。そこは区画外だが何故か長芋を植えてあったのである。掘り起こした長芋を10本程持って私の畑に戻り、クレバーパイプの入口を確認してから土を戻して、芽の出ている種イモを、今度は深さ5センチ程の所に植え直してくれた。一か所やり方を教えてから、後は私にやれと言う。もっともな指導方法である。

同じようにして8本のクレバーパイプの上に、新しい種イモ、と言うよりは芽を出して弦まで出来ている長芋を設置したのである。8本植えたら未だ3本残っていたので、捨てるのが惜しくて、それもついでに近くに植えてしまった。これで8本はクレバーパイプで収穫出来るが、3本は深く土を掘り返さなければならない事になった。掘るのは大変だが、それでも全く長芋が出来ないよりはマシだと考えねばならない。北島さんが言うには、この長芋は1年では未だ太さが足りないので、2年がかりで育てた方が良いのだと言う。

こうして私は、師匠の下で長芋の栽培方法を改めて実地習得したのである。果たして2年後はどうなる事やら。

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はぐれ末娘

黄色の花がすっかり散り落ちて、根元からは新しいシュートが親の背丈を越えそうな程にすくすくと育ち始めたというのに、たった一人で我が家の庭に咲いている山吹の花が目に入った。どうしてこんなに遅い時期に咲くものだろうか。

他の花が散ってもう1カ月以上も経つのだから、余程生まれるのが遅かったのか、それとも落ちこぼれなのか。黄色の色素が特に薄い様子でも無いし、可憐な姿には違いないのだが、何故か気になり落ち着かない。

信州の田舎にいる時でも、こんな時期に咲く山吹は記憶にない。それとも、咲いている花に気付かなかっただけだろうか。18歳で早稲田に入学して東京に出て来て以来、一貫して在野の精神を持ち続け、時流に流されまいと生きてきた私には、こういう一風変わった花が似合うのかもしれない。そして、そういう花に目が行くようになった40年余りの歳月に感謝すべきなのだろう。

主人の性格が少しばかり偏屈な家の窮屈な庭に咲く、季節外れの山吹の花は、はぐれ末娘とでも名付けて、ゆっくりと見守って行きたいものである。

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地震の無いマレーシアへ

昔からの仲間が1年に2ー3回集まってテニスをしたりマージャンしたりするのは、誠に楽しみな事である。仲間内で結婚したY夫妻が二人で住んでいる上総一ノ宮の家は、モデルハウスを家具付きで手に入れたもので、とても大きくて何人集まっても狭さを感じさせない。日当たりが良くて、庭には色々な種類の樹木や花が植えられているので、癒しの空間としても文句なしの場所である。

しかし、昨年の東日本大震災が千葉県にまで深刻な被害を及ぼしてからは、悩ましい問題に直面する羽目になった。それはY夫妻の家が一宮の海岸から1キロも離れていないと言う事である。若しも今度津波が来た時には、500メートル程離れたリゾートマンションに避難する事になっているらしいが、問題はこのマンションがY家よりも更に海寄りに立っていると言う事実である。津波が来るぞ、と叫びながら海に向かって走る、と言うのは精神的にかなり辛いものがある。

最寄りの上総一ノ宮駅はY家から見て海の反対側に位置しているが、そこまでは走っても15分は掛かりそうだ。やっと駅に辿り着いても、その辺りはまだ海抜3.8メートルで安全とは言えない。更に駅を後ろに見て10分ほど走れば山裾に差し掛かるので、この辺りまで来れば大丈夫とは思うが、箱根駅伝で鍛えている訳ではないので、そんなに早く走れるものでもない。

今年のゴールデンウイークの前半には、何時ものようにY家に3泊して遊ぶ事になった。すると、その数日前に千葉県が液状化マップと言う物を公表したのである。絶妙なタイミングだが、其れを見るとY家の辺りは震度6ぐらいで真っ赤に染まっている。千葉県として県民の防災意識を高めたい気持ちは解らないでもないが、これは千葉県の人口や地価などにも多大な影響を及ぼすのに違いない。

マレーシアは地震のない国と言われているので、私達が早くマレーシアに拠点を構えて仲間をあちらに招待する必要がある。テニスはタダでやり放題だし、安いのでゴルフを新たな遊びに付け加えることも可能である。マージャンはマットと牌が調達できれば問題無く出来る事だろう。

Y家では今年から家の中を禁煙にした。其れに至った理由はともかくとして、中々良い事を始めたものである。タバコのヤニのせいで、綺麗だったモデルハウスの壁紙がだいぶ汚れてしまった。それでも、良い事を始めるのに遅すぎると言う事は無いから、健康の観点からも家中禁煙は久々の快挙と言わざるを得ない。

未来のマレーシアの我が家でも、この良いルールは其のまま適用しようと、今から決めているのである。

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皐月になって

ハナミズキの花が盛りを過ぎる頃に、取って代わって彩りを増すがツツジである。いつものウオーキングコースのあちこちに、ピンク、白、赤などの花が色とりどりに咲き誇っている。

ツツジは種類が300以上もあり、北は北海道から南は沖縄までの多くの自治体が市や町の花に指定している人気者で、私の住む練馬区の花でもある。余りにもあちこちに有るが故に、かえって希少価値が薄れてしまった嫌いはあるが、良く見るとなかなか侮れない美しさを持っている。

良く観察するようになったきっかけは、昨年の私の誕生日に息子達がツツジをプレゼントしてくれたからだ。園芸好きでやや貧乏性でもある父親が、いずれ枯れてしまう花束よりは、根っこの付いた花の方を好む事を子供達は知っているのである。花が終わった頃に少し大き目の鉢に植え替えて置いたら、秋から冬にかけてすすけていた葉が、春にはすっかり緑色の葉っぱに衣装替えをして、今年も真っ赤な花を咲かせてくれた。未だ高さが15センチぐらいで一株だけのツツジだが、それ故に奥ゆかしい美しさが目に沁みる。

ツツジの季語は春だが、サツキの季語は夏である。同じツツジ科に属していても、咲く時期により名前も季語も異なるのは、妹がモダンな家に嫁いで性が変わり、名家を継いだ姉といずれ劣らぬ美しさを競い合っているかのようだ。

連休の初めに遊びに行った、友人の住む上総一ノ宮ではあちこちで田植えをしていた。今は機械で植えるのが主流だが、私が幼い頃は、一家と親戚が総出で畦から畦にピンと貼った白い糸に沿って一本ずつ苗を植えたものである。皐月は早苗を植える早苗月が由来だと言う説があるが、頷ける。

皐月になって、これからはやや小柄な妹のサツキが皆の目を楽しませてくれるに違いない。

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山吹に霞が差して

早朝の庭に目をやると、盛りを過ぎた山吹の黄色の花びらに白い霞が差している。少しずつ色褪せて、やがて散り行く花びらは、誰にも必ず訪れる老いを想起させ、人間もまた自然の一部分である事を改めて感じさせる。

山吹の場合は、花は散っても地面の下では旺盛な繁殖活動を繰り返しているらしく、庭のあちこちから新芽が顔を覗かせている。来年には再び可憐な花を咲かせてくれるだろうから、私もそれを大いに楽しみにする事が出来るのである。

桜と山吹が終わる頃に、花を咲かせ始めるのがハナミズキだ。100年前に日本から桜を送ったお返しとして、アメリカからはるばるやって来たカウボーイならぬ、アメリカ山法師は白とピンクの鮮やかな衣装を身に着けている。英語でDogwoodと呼ばれるのは、ハナミズキの樹皮の煮汁が犬のノミ退治に使われた事に由来するらしいが、花を見る限りでは英語名がその姿に似つかわしいとはとても言えない。

沢山の花びらが、何れも華美に過ぎずに一斉に咲き揃う姿を見ると、公平にする、という花言葉がぴったりで、良くぞ付けたりという気がする。その他の花言葉としては、私の思いを受けてください、返礼、華やかな恋、等があるが、中でも返礼はいかにもカウボーイらしくて分かり易い。アメリカ生まれながら日本人好みのこの花は、今ではすっかり日本の庭に定着して、私の家の周りでも大人気である。

若し、この花が平安時代の日本に存在していたならば、恋のメッセンジャーとして引っ張りだこで、歌にもたくさん詠まれたに違いない。

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腰痛の大敵

腰痛持ちが恐れるものは世の中に幾多有るけれど、私にとっての大敵は新幹線である。幾ら長芋掘りが大変だと言っても、息子に手伝って貰う事も出来るし、筒寝かせ栽培もある。飛行機を使う手もあるが、空港まで行く時間と待ち時間が煩わしいのに加え、着いた場所が市の中心街という訳にはいかない。

新幹線は背もたれにも重大な欠陥がある。近年は倒れる角度が以前より大きくなっている気がするが、それでも中途半端に倒れる仕組みは、腰痛持ちにとっては却っては苦痛である。私はリクライニングを殆ど使用しないことに決めているが、そうすると今度は、少しウトウトした際に腰の代わりに首が痛くなる。

今週の出張は国内だったので、新幹線のお世話にならざるを得なかった。朝早く家を出て地下鉄で東京駅に行き、そこから新大阪まで新幹線に乗るのだが、着く頃には恐れていたとおり腰がやや重たく感じられた。いくら違和感があっても、仕事なので引き返すことは出来ない。新大阪からJRに乗り換えて大阪駅まで向かう。一泊なので荷物は大したことはないが、パソコンが入っているのでやや重い。

一時間余り梅田で商談をした後に、JRで神戸元町に向かった。元町で百貨店を訪ねた後、タクシーで新神戸に出て、そこから岡山まで新幹線に乗り込んだ。今日2度目の新幹線で岡山駅に着いたのは夕方の6時頃だった。腰は良くもないが、さりとて悪くもなっていない。思いのほか早く岡山の全日空ホテルまで辿り着いたので、その日の内に、本来なら翌日行く予定だった倉敷まで往復する事にした。岡山から倉敷までは山陽本線で20分足らずである。

以前、倉敷にはチボリ公園があったのだが、私が一度も訪ねないうちに閉園となってしまい、今では大きな商業施設に生まれ変わっている。その一角をなすアウトレットに用事があったので、かれこれ一時間ほど見て回ったら、腰だけでなく首と足の裏まで痛くなってきた。

倉敷のチボリ公園今はなくアウトレットにおどけるピエロ    (My96papa)

倉敷から岡山に戻った時は、既に夜の8時を回っていた。一日の内に東京から大阪、神戸、岡山、倉敷、そして岡山と動いたわけであるが、これは腰痛持ちの私には、決して望ましい動き方ではないのである。

翌日、岡山での仕事を終えて新幹線で東京まで戻り、そこから小一時間かけてJRと地下鉄を乗り継いで家に帰ってきた。予想していた事だが、腰の調子は芳しく無く、お尻の片側と足裏が少し痛い。しかし、そういう時に威力を発揮するのが、私の場合はウオーキングである。少し休んだ後に、早速ウオーキングシューズに履き替えて、初めはゆっくりと小幅で歩き出す。

歩き始めて2-3分もすると、お尻と足裏の痛みが消えて、腰の重たい感じも取れてくるから不思議である。そのあたりから、歩幅を大きくしてスピードも早める。どうやら正しい姿勢でテンポ良く歩くのがいいようだ。私だけかも知れないが、腰痛にはウオーキングがよく効くのである。

赤鬼を退治せしめん桃太郎ウオーキングのニューシューズ履き    (My96papa)

岡山の名産といえばきび団子なので、私も岡山駅で買い求めた。桃太郎がきび団子を腰に付けて悪い鬼を退治したように、私も何とか腰痛を退治したいものである。

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そよ君が代は

そよ君が代は千代に一度いる塵の白雲かかる山となるまで    (梁塵秘抄)

後白河院により編纂された梁塵秘抄巻一の冒頭の長歌だが、後拾遺和歌集にある大江嘉言の歌に、そよ、を付けて今様の代表選手と位置づけている。この歌が、果たしてどのような節で歌われ流行したものかは、録音技術の無かった時代なので、残念ながら知る事はできない。現在の国歌である君が代と内容的には殆ど同じである。

君が代が古今和歌集の巻七賀歌の冒頭歌を元にしている事は周知の事実だが、こちらの方は1880年に曲が付けられ、外交儀礼上では欠かす事が出来ない国歌として定着してきた。以来、内容が天皇礼賛で主権在民の日本に相応しくないとか、日の丸と一緒にされて日教組などから批判を受けて来た訳だが、広島県で板挟みにあった校長が自殺するに及んで、改めて1999年に国歌として正式に制定された。

国歌としての君が代は、歌の調子は重厚ではあるが、やや暗い事も否めない。アメリカの国歌と比べても、日本茶とコーヒーのようにテンポの違いは歴然としている。これによって金メダルの数や、その他のスポーツの得点に違いが出るのかどうかは定かでないが、今更変えるのもおかしな話ではある。

春高楼の花の宴、で始まる荒城の月を代わりに国歌に選んでも、はたまたSMAPの歌う、世界に一つだけの花、を選んだとしても、万人が納得する国歌とする事はなかなか難しい。私の作曲した”故里”はどうかとも考えたが、ややセンチメンタルで確実に金メダルの数に影響しそうである。

いやはや、世の中は原発だミサイルだと騒々しく、政治もねじれて何も決まらず、京都を歩けば青信号でも安心出来ないとなれば、この状態が千年も万年も続くのはたまらない気持ちがしてくるのである。

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君が代は

橋下さんが市長になってから、大阪では学校や役所関係の式典の際の国旗掲揚、国歌斉唱を徹底しようとしている。アメリカでは大リーグの試合の前でも国歌が歌われるぐらいだから、式典でのそれらは当たり前といえば当たり前だが、これが一部の人にとってはそうではないらしい。

歌の内容が天皇崇拝だとか、日の丸は戦争の際のシンボルだとか、色々な理由を付けて反対していた日教組だが、いざ国旗国歌が法律で正式に制定されると、今度は思想と信条の自由に反すると言って駄々をこねている。教師育成システムに起因する社会性の無さと、教師としての職業技術の欠如から生まれる幼さが見え隠れしている。

大学を出てすぐに教壇に立って先生と呼ばれ、まだ考え方の基礎が身に付いていない子供に何かを教える、というのは空恐ろしいシステムである。子供が間違って子供を産んでしまうようなもので、産まれた子供の方はたまったものではない。一般的な社会の荒波に揉まれる事も無く、せいぜい小難しい親からの干渉を嫌がりながらも、ややノイローゼ気味にいつまでも教壇に立ち続ける訳である。

そういうノイローゼ気味の教師の数は、現在では2割程度と言われる日教組の組織率をかなり上回っているに違いない。50年前には8割前後も有った組織率は、年とともに低下し続けており、今となってはノイローゼ教師の駆け込み寺の役割さえ果たし難くなりつつある。名前だけ残って既に中身が無いのが実態のようだ。

私が昔務めていた、従業員が1000人を超す外資系企業に於いても、一般の社員が組合活動を敬遠するに連れて、活動の中心は契約社員などが取って代わる事になった。契約社員として入社して、思いがけず会社の役員との直接交渉に加われたり、潤沢な活動費も使えたりで、すっかり舞い上がってしまい、組合活動に一段とやる気が出てくる。そうなると、一般社員はますます組合から遠ざかって行ったのである。

思想信条は自由であり、出家して山中に住もうが、有機農法以外の食べ物を拒否しようが、誰も文句を言わない。勿論、国歌を歌わなくても、ジャズ風にアレンジして歌っても、祝日に玄関前に国旗を掲げなくても自由である。しかしながら、未だ物の見方や考え方が定まっていない青少年に、物の見方や考え方のバランスを欠いた教師が教える事は、誰が見てもまずいことである。

ディベートはひとつの主題を複数の立場から見る訓練を行うゲームである。例えば死刑制度について、同じ人が、賛成の立場に立ったり、反対の立場に立ったりして討論する訳で、その為には両方の考え方や資料を前もって十分に調べ、自分の頭で整理しておく必要がある。そういう中から、徐々に自分自身の考えが醸成されて行くのである。

学校教育における教師の立場が、本来どうあるべきかは自明の理であるが、多くの教師のレベルが残念ながら望まれる水準に達していない。現在の教育の問題点の所在が判然としているにも拘らず、効果的な手が打てないので、橋本市長のやや高圧的に過ぎる手法が支持されるのであろう。

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雨に散る花

降り続いた昨日の雨が、満開の桜をだいぶもぎ取ってしまった。夕方会社から帰る途中の夕暮れの公園は、まるで雪が降ったかのようだった。

雨降りて散り敷きしめし櫻花暈し雪かと紛ふ公園    (my96papa)

石神井川の桜も、この雨でさぞかし沢山の花びらをその川面に浮かべている事だろう。今週末お花見を予定している人は、枝に残った花に加えて、地面や川面に浮かぶ花の両方を楽しめるかも知れない。私はしばらくの間、ウオーキングのコースから石神井川を外す事にしている。

石神井の花の盛りは過ぎるらししばし待たなむ新芽吹くまで    (my96papa)

 

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